いじめと体罰

 いじめを苦にした自殺事件が発生するなど、いじめ問題は後を絶たない。近年では、平成18年にいじめ自殺がマスコミを通じて表面化して社会問題化し、滋賀県大津市の公立中学2年生の男子生徒が自殺した事件が昨年7月大きく報道され、社会の関心はにわかに高まり、政府の教育再生実行会議においていじめ対策として道徳の正式教科化が提唱され、文科省も中央教育審議会に諮問することになったが、学校現場での厳しい指導と体罰の線引きについては困難な問題がある。

 文科省はいじめの兆候をいち早く把握して迅速に対応することの徹底を教育委員会及び各学校に対して求めてきたが、具体的にどうすれば周知徹底できるかまでは踏み込んでいない。イングランドでは法律によって学校長にいじめへの対処法を定め、これを公表することを義務付けている。イングランドのように、学校としていじめを絶対に許さないという毅然とした姿勢を表明することによって、いじめは許されないことであることを関係者全員に周知させることができる。

 いじめと体罰は本来何の関係もないことで、自民党がいじめ防止対策基本法案を修正し、体罰をいじめの定義から除外することにしたのは当然である。いじめは絶対に許容されないが、体罰については別途考慮の余地があると思われる。体罰は厳に禁止されているにもかかわらず、学校、教師、保護者、地域に依然として体罰容認の意識が残っている。

 学校教育法第11条は、校長と教頭が、教育上その必要を認めた場合、学生、生徒及び児童に対して、体罰以外の懲戒を加えることができるとしている。

 懲戒の一般的な意味としては、「親権者、少年院長、学校の教員などのように子女の保護、教育、監護の責にある特定の者が、その職責を果す必要上加える一定の制裁」といわれるが、特に学校における懲戒は、「学校に在学する学生、生徒及び児童に対して、規律ないし秩序を維持するためまたは本人に対する教育上の必要から、一定の義務違反に対し制裁を科すること」とされ、一般にはこの教育的処分は学習者個人に対して叱責、訓戒、起立強制、残留強制などのような事実行為として行われるところから、「事実行為としての懲戒」と呼ばれている。

 体罰にいたらない事実上の懲戒行為であれば、外形上刑法の犯罪構成要件に該当しても(脅迫罪、逮捕監禁罪など)、違法性が阻却され(刑35)、刑法犯とならないが、体罰を加えた場合は、たとえ教育上の必要からなされた場合でも、正当行為とならず刑法犯となるとするのが判例である。「体罰」とは、旧法務府の見解(昭和23.12.22法務調査意見長官通達)によれば、「身体に対する侵害を内容とする懲戒-なぐる・けるの類-がこれに該当することはいうまでもないが、さらに被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒もまたこれに該当する。たとえば、端座、直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させるというような懲戒は、体罰の一種と解せられなければならない」とされるが、遅刻や怠けたことによって掃除当番などの回数を多くするのは差支えないとされている。

 体罰禁止規定の解釈に当たって、裁判所は、「懲戒の目的が正当なものであり、必要性が高かったとしても、それが体罰としてなされた場合、その教育的効果の不測性は高く、仮に、被懲戒者の行動が一時的に改善されたように見えても、それは表面的であることが多く、かえって当該生徒に屈辱感を与え、いたずらに反発・反抗心をつのらせ、教師に対する不信感を助長することにつながるなど、人格形成に悪影響を与える恐れが高い」として、「被懲戒者が肉体的苦痛をほとんど感じないような極めて軽微なもの」を除き、その禁止の「絶対性」を強調している。

 しかし、すべての有形力の行使を禁止する趣旨か否かについては、グレーゾーンともいうべき「許される体罰」の可否をめぐって長らく対立が続いてきた。東京高等裁判所昭和56年4月1日判決のように、体罰を完全に否定すると「教育内容はいたずらに硬直化し、血の通わない形式的なものに堕す」として、「許される体罰」にきわめて好意的な判例もあるが、指導が教育的に必要なものであったという点は肯定しつつも、体罰の「合理性」を否定した上で「不法行為」の成立を認めた判例もある。

 明治期の教育令(明治12年9月29日太政官布告第40号)以来、学校教育における体罰は一貫して法令で禁止されているが、一定の有形力の行使を認めた裁判例は古くから存在している。最高裁第3小法廷平成21年4月28日判決は、「目的、態様、継続時間等から判断して許される教育的指導の範囲」について判示しており、体罰容認論とは云えないまでも「愛の難論」的体罰容認論と促えることが不可能とまで断言はできない。 

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